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吉田修一による長編小説の下巻にあたる作品で、歌舞伎の世界を舞台にした壮大な物語です。物語の主人公・立花喜久雄は、長崎の任侠の家に生まれながら、歌舞伎の役者となる運命を背負い、名家・歌舞伎一門の実子・花井俊介と育ち、ライバルとして、また共に芸を極める道を歩みます。

主人公が舞台、映画、テレビと芸能界の変遷期を駆け抜けながら、血族と梨園という二重の所属に翻弄され、栄光と挫折、信頼と裏切り、スキャンダルを含む数々の試練を通じて芸の頂点を目指します。 物語の背景には1960年代オリンピック後の東京へと展開する日本の変化、歌舞伎という伝統芸能の持つ血統や免許制度、そして芸を職業とする者が抱える覚悟と孤独が丁寧に描かれています。

作家の語り口は三人称ながらも主人公・喜久雄の姿に密着し、彼の心情を直接語らずとも行動や立ち振る舞いから内面を浮かび上がらせる手法が採られています。 歌舞伎役者として舞台に立つ瞬間には、一切の葛藤や感情が「化粧をして衣装を身にまとい舞台に出る」ことによって透明化されるといった表現もあり、読む者に芸事の厳しさと美しさ、舞台人としての揺るぎない決意を印象づけます。

本書が優れている点としてまず挙げられるのは、歌舞伎の領域をリアルなディテールで描いている点です。作中には「道成寺」などの演目や梨園の習慣、襲名といった歌舞伎独特の制度が数多く登場し、芸能界の裏側までが厚みを持って描かれています。 また、主人公が「梨園の血を引かない者」として差別や偏見と戦い、才能だけで頂点を目指す姿が、芸に対する純粋な志と、その志が社会的制度や家柄の壁に阻まれるという構図で強く伝わってきます。 さらに、物語には「血族」「裏切り」「スキャンダル」「栄光と絶望」といった要素が入り交じり、喜久雄が頂点に至る過程がただ順風満帆ではないことが、読者に強く印象付けられます。

読むにあたってのポイントとしては、まず上巻を読んで主人公たちの出自や少年期の関係性、歌舞伎役者への道程を把握しておくと下巻の展開が一層深く理解できます。 また、歌舞伎という専門性の高い世界を扱っているため、演目名や歌舞伎の仕組みに関する知識があれば読み応えが増しますが、そうした予備知識がなくとも、主人公の人生ドラマとして十分に引き込まれる構成になっています。 喜久雄の成長や葛藤、そして頂点を目指す姿そのものが普遍的な「芸の道」の物語としても読むことができます。

歌舞伎という伝統芸能を背景にしながらも、芸事に身を捧げる男たちの孤高と執念、そして人間関係における痛みと誓いを見事に描き出しています。 喜久雄という人間がどのようにして「国宝」と呼ばれる存在になったのか、その果てに何を見たのかを追体験させてくれる重層的な物語です。

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